スタッフインタビュー:ゴマちゃん(前編)

スタッフインタビュー:ゴマちゃん(前編)

アドベンチャーリンク代表であるゴマちゃんこと、前田ゴマ。2年前に独立し、フリーランスのファシリテーターとなったゴマちゃんが、なぜアドベンチャーリンクを立ち上げたのかー。前編ではゴマちゃんの経歴を紐解きながら、ファシリテーションへの思いに迫りました。  

◻︎アドベンチャー教育の業界に入ったきっかけを教えてください

大学一年生の時に、子どもたちをキャンプにつれていく団体にボランティアとして所属したのがきっかけです。その団体が中高生やスポーツチームをメインに、キャンプを通した研修事業も実施していて、野外活動を通してアドベンチャー教育に初めて触れました。実のところ、キャンプにはまったく興味なかったんです。でも、やってみたらとっても面白かった。ファシリテーターが、その時々に起きる出来事から参加者の気づきを引き出し、学びへと変えていくのがアドベンチャー教育の特徴です。参加者の気持ちが変化したり、関係性が変化したり、課題をみんなでクリアした瞬間に参加者が自己高揚感を感じたりしているのを体感し、アドベンチャー教育の面白さにどんどん魅了されていきました。大学卒業後はキャンプ場のスタッフとして就職しました。数年務めましたが、もっと違う形でキャンプというコンテンツを仕事にしていきたいと考え、子ども向けの夏・冬休みキャンプを企画運営する会社に転職しました。ここで本格的にファシリテーターをやり始めました。 

◻︎実際にやってみてどうでしたか? 

理想とするファシリテーターが周囲にたくさんいたので、先輩たちのやり方を模倣することから始めました。アクティビティ(アドベンチャー教育で用いる活動)もたくさん覚えましたね。本格的にファシリテーターをやり始めて、参加者に寄り添い、委ねるファシリテーターになりたいと心の底から思っていました。と同時に、参加者に何か学びを提供しなければならないとも感じていました。だからこそ、無理強いしすぎて、グループが崩壊(参加者が途中で体験を放棄すること)したこともありました。参加者が話したいと思っていないのに、無理に言葉を引き出そうとしたり、追い込んだりと……。今思えば、参加者は全く楽しくないですよね。理想のファシリテーターとはほど遠いなと痛感しました。 

 ◻︎ファシリテーターを続けるうちに気づきや変化はありましたか? 

企画運営会社に数年勤めたのち、2年前からフリーランスになり、ほぼ毎日中高生にファシリテーションをする機会に恵まれました。毎日やるとグループに対する観察力や、見立てる力、アクティビティを選ぶ力、そしてグループへの声掛けの仕方が格段に良くなりました。ファシリテーターを始めたばかりの頃は自分の主観を出してはいけないと思っていましたが、今は主観があってもいいと断言できるようになりました。教育プログラムをやっている以上、目的と目標があり、先生やクライアントがグループにこうなってほしいという願いがあるはずなんですよね。それを無視してプログラムをやるのは無理だと気づいたのは大きかったですね。この時期、自分が少しずつ成長していると実感できて嬉しかったのを覚えています。たとえ2~3時間という短い時間でも、学びを引き出すことができるのではないか、と思うようになっていきました。 

□日々、ファシリテーションの技術が上がっていくことを肌で感じていたわけですね

はい。正直、天狗になっていました。そんなある日、ある中学生グループを対象にプログラムをしていたときのことです。2度目の崩壊を経験しました。子どもたちが挑戦していたのは、ロープをターザンのように使って、数メートル離れた陣地まで移動するニトロクロッシングというアクティビティ。僕はこのグループなら達成できるだろうと踏んで、2時間ぶっ続けでやらせてしまったんです。長時間同じことをチャレンジしてもらうケースもあるのですが、観察と見立てと関わり方をミスしました。長時間やらされていることに加え、周りのグループは楽しそうにしている。しまいには子どもたちに「もう無理や。あいつ死ねや」って言われました。今思えば、僕がこのグループに対してこうなってほしいというエゴを押し付けていたんですよね。

 □「死ね」と言われた瞬間、どう感じましたか?

心がポキっと折れ、子どもたちが怖くなりました。このグループにファシリテーションをするのはもう無理だとあきらめてしまいました。その後しばらく自分らしいファシリテーションができなくなりました。子どもたちに迎合し始めてしまったんです。子どもたちが楽しそうじゃなかったら、楽しませてあげないといけない、と子どもたちの反応にびくびくする毎日。でもその一方で、確かに子どもたちは楽しいかもしれないけれど、自分自身は居心地の悪さを感じていました。本当にこの関わり方は子どもたちのためになっているのか、楽しかっただけではダメなのではないか、と自問自答する日々が続きました。 

□どん底から浮上する契機となった出来事はありますか?

関東でアドベンチャー教育をする機会があり、そこにいたファシリテーター仲間に相談したんです。「ゴマちゃん自身が『死ね』という言葉に負けずに立ち向かっていたら、結果は違ったんじゃないか」とアドバイスされました。その時、自分は逃げていたんだ、と気づきました。そこから過去を振り返ってみると、子どもたちにファシリテーションをすることをあきらめていたとわかったんです。そこから「もう逃げない」と決意しました。 

【後半に続く】スタッフインタビュー:ゴマちゃん(後編) – アドベンチャーリンク (adventure–link.com)

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